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NHK「アジアの“一等国”」 検証用の画像・テキスト

NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー 第1回 アジアの"一等国"
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今から150年前、西暦1859年、ここ横浜の港から、日本は世界の荒海へと船出しました。

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長年の鎖国を解き、自由貿易を開始。西洋列強を目標に、日本は近代化の道を歩始めます。1859年、JAPAN 世界デビュー。

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それから60年後、第一次世界大戦で戦勝国となった日本は、世界の一等国に上り詰めます。

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しかし、1945年、太平洋戦争に破れ、日本は焦土と化しました。

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日本はなぜ、坂を転げ落ちていったのか? 開港から敗戦までを辿るJAPAN デビュー。第一回のテーマはアジアです。

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日本の南西に位置する台湾。ここは、日本の最初の植民地となった場所です。近代日本とアジアの係わり、その原点はこの地にあります。

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毎年行われる同郷の祭り。台湾人の殆どは、中国大陸から移り住んだ漢民族です。日本は、敗戦までの50年間に亘り、台湾を支配しました。

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台北市の公園に、日本の統治時代を生きた台湾の人々がいました。

太平洋戦争当事、台湾の青年達は、日本軍の兵士として、戦場に借り出されました。

日本は、台湾の統治に力を注ぎ、この島を足掛かりに、アジアへと勢力を拡大しました。

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半世紀に及ぶ統治で、日本は台湾の人々に、日本語を始め、日本精神を叩き込んで行きました。

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そして、太平洋戦争中、およそ21万人の台湾人を日本軍に入隊させ、次々と戦場に送り込みます。

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台湾は日本のアジア支配、大東亜共栄圏の基点となって行きます。

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日本の傀儡国家、満州国。ここに、5千人を超す台湾人が移り住みました。

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台湾の人々は、満州国の役人や技術者となり、日本の支配を支えました。

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太平洋戦争勃発後、日本軍が占領したインドネシア。

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台湾での統治経験を生かし、人々に日本精神の体得を強制して行きます。

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「私達は、どんなに苦しい事でも我慢して、力いっぱい働いています。あのアメリカや、イギリスや、オランダに負けてはいけないと思うと、どんな事でも苦しくありません」

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日本のアジア支配の原点となった台湾。そこから、近代日本とアジアとの関係が見えて来ます。50年間の日本の台湾統治を象徴する2枚の写真です。人間動物園、そして、台北第一中学校の生徒達。

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台湾の先住民族です。およそ100年前、日本が彼らをロンドンに連れて行き、博覧会の見せ物として展示しました。この写真には、世界にデビューした日本が、一等国に上り詰めるまでの歴史が秘められています。

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日本が開港して間もない19世後半、西洋列強が注目していたのは台湾でした。

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当事、イギリス、フランスなどの列強は、アジアに狙いを定め、競い合って植民地を獲得していました。

台湾は、列強にとって、地理的に重要な場所でした。台湾を基点に、中国大陸へ勢力を拡大しようと目論んでいたのです。

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フランス外務省に残された資料です。

「イギリスやドイツが台湾を獲得しようとする動きがある。彼らが台湾を侵略するのなら、フランスは何らかの行動をとる」

列強の植民地奪い合いの最前線となった台湾。その台湾を領有したのはJAPAN、日本でした。

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日清戦争に勝利した日本は、台湾を獲得します。この台湾領有の背景には、列強のアジア進出に対する日本の危機感がありました。

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世界の植民地を研究しているパスカル・ブランシャールさんです。

「日本を開港させたのは、アメリカの軍艦でした。又、フランスは、東南アジアのベトナム、カンボジア、ラオスを植民地化し、中国南部にも勢力を広げていました。フランスの軍部では、日本の植民地化も議論されていた程です。そこで日本は、植民地化されない国になる為、欧米列強に習い、自ら植民地を持つべきだと考えたのです」

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明治政府が外交の指針としたのは、西洋列強の間で定められていた国際法、万国公法です。ここには、国のランクが記されています。世界の国々は一等国、二等国、三等国に分かれている。一等国とは、イギリスやフランスなど、ヨーロッパなどの五大国である。三等国は、他国の意のままになる。日本は、こうした世界観を持つ西洋列強と向き合わなくてはなりませんでした。

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日本は、防衛ラインを広げる為、アジアへと進出。日清戦争に勝利した1895年、南の要として台湾を獲得したのです。同じアジアである台湾を最初の植民地としました。現地統治機関、台湾総督府を置きます。

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当事の首相、伊藤博文は、台湾の統治が、一等国を目指す日本の運命を握っていると考えました。

「台湾の統治に失敗すれば、日の丸の御旗に光が失墜する」

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初めての植民地を日本はどの様に統治したのか? その詳細を知る手掛かりがあります。台湾総督府所文書です。日本内地の行政文書は、太平洋戦争の終結直前に、多くが焼却されています。

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台湾総督府所文書は、統治の実態を明らかにする貴重な資料です。台湾領有から敗戦までの50年間の記録は、2万6千冊に及びます。総督府は、衛生、教育、軍事、民生、警察など、最大でおよそ2万7千人の官僚を抱える巨大な組織でした。日本は、統治に力を注ぎます。

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しかし、領有直後から、問題が噴出します。漢民族としての伝統や誇りを持つ台湾人が、日本の支配に対して、激しい抵抗運動を起こしたのです。

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台湾中部、雲林に暮らす邱順意さん。

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邱さんは、親類達から、住民が武器を取って、日本軍と戦った様子を伝え聞いています。

「日本軍は、川の下流から来ました。台湾人は、川の両岸で待ち構えていました。山の中にも潜んでいました。日本軍を取り囲んで射撃したのです。しかし、日本軍の攻撃は、凄まじく恐ろしかったと聞いています。この辺りの川は、死者の血で真っ赤に染まったといいます」

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武力で制圧しようとする日本軍に対し、台湾人の抵抗は、激しさを増して行きます。戦いは全土に広がり、後に、日台戦争と呼ばれる規模へと拡大して行きました。

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戦いによって、台湾の宝と言われる重要な産物が被害を受けます。楠から作られる、樟脳という物質です。台湾の樟脳は、世界のシェアのおよそ7割を占め、西洋列強から注目されていました。

19世紀後半、イギリスでは、樟脳を使って、ある製品が作られていました。当事、新しい素材として爆発的に普及していた、セルロイドです。様々な生活用品に使われる、万能の合成樹脂でした。

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樟脳は、軍事面でも需要がありました。

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スウェーデンの科学者、アルフレッド・ノーベルです。1887年、ノーベルは樟脳を使い、新しい火薬を開発しました。

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煙の少ない、無煙火薬です。無煙火薬は、相手に居場所を探られにくい事から、世界中の軍隊で使われる様になります。政界に、幅広く輸出されていた、台湾の樟脳。しかし、混乱する日本の統治化。樟脳工場は次々と操業を停止して行きます。

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行き詰る日本の統治を、台湾のイギリス領事館は、冷徹に観察し、本国に報告していました。

日本が台湾を領有した翌年、1896年の報告です。
「数ヶ月前には、価値のある、重要だった樟脳の産地が、日本の統治によって、永遠に廃墟になってしまった」

フランスもまた、日本に厳しい評価を下していました。
「非常に素晴らしい島が、全くの未経験者に支配された。極めて残念な事だ」

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日本の台湾統治を研究して来た、マーク・ピーティーさんです。

「日本は、自らの植民地統治を未熟だと認識していました。しかし、一方で、ヨーロッパの植民地大国であるイギリスやフランスに、自分達には統治能力がある事を示したいと考えていました。ですから、台湾統治の結果は、日本にとって大変重要でした。日本は台湾を自らの能力を見せる為のショーケースにしたかったのです」

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台湾統治を成功させ、一等国を目指す日本。しかし、統治の方法を巡り、政府内で大きな混乱が起きていました。

原因の一つは、明治政府が作った憲法にありました。台湾領有の6年前に発布されたこの憲法には、植民地の規定が記されていなかたったのです。

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明治憲法の下では、日本の領土に生きる人は、みな天皇の臣民であるとされました。これに従えば、日本が領土とした台湾の人も、天皇の臣民となります。しかし、民族も習慣も異なる台湾人を、臣民として日本人と同様に扱うべきか、議論が起きます。日本は、世界の二大植民地大国、フランスとイギリスを参考にします。

フランスが、アルジェリアの統治で掲げたのは、同化政策でした。フランス国内と同じ法律をアルジェリアにも適用し、フランス国民として生きるよう求めました。

一方、イギリスの植民地、インドの統治は、対照的なものでした。イギリスは、イギリス人とインド人を明確に区別し、現地のみに通用する法律、特別法によって統治しました。

日本の下した結論は、言わば、フランスとイギリスの折中案でした。台湾人を日本人と同じ天皇の親民と位置付けながら、台湾のみに通用する特別法を定めたのです。

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台湾領有から3年後、1人の官僚が台湾に着任し、統治の改革に乗り出します。総督府No.2の民政局長、後藤新平です。後藤は、台湾全土の調査を行います。臣民と位置付けられた台湾人の実態を把握する為でした。

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台湾には、漢民族の他に、台湾族を始め、14の先住民族が暮らしています。先住民族が暮らす山間の地域は、樟脳の産地に近い事から、治安の安定が一際重要でした。

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後藤は、先住民族の村々に、自ら足を運びます。そして、日本からは、人類学者や法律の専門家が入り、調査をします。

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台湾総督府所文書の中に、先住民族の調査報告書が残されています。

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「これは当事、台南地区で生活していた先住民族です。顔の刺青や使用していた武器も細かく書かれています。この民族には、首狩りの習慣がありました」

後藤が、語った言葉があります。ヒラメの目をタイの目に変える事はできない。台湾人を日本人に変える事は難しい。風習や文化が異なる台湾人を、親民として日本人と同じ法律で統治して行く事は、困難であると判断します。後藤は、台湾のみに適用される法律、特別法を駆使して行きます。先ず手を付けたのは、住民の抵抗運動を抑える事でした。

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後藤が考え出した条例、匪徒刑罰令です。日本内地では有り得ない、厳しいものでした。

「略奪、殺傷にのみならず、建物や標識、田畑を破壊した者は死刑。未遂であっても同罪とする」

総督府警察が匪徒、犯罪者とみなせば、たとえ未遂でも、死刑に処せられました。

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匪徒刑罰令によって、死刑となった台湾の人々です。条例施行後の5年間で、3千人に達しました。

日本統治への抵抗を根絶させる為、後藤は、台湾人の協力者を取り込んで行きます。

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柯徳三さん、87歳。柯さんの祖父は、日本の統治に協力した1人でした。

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祖父、秋潔さんです。一家は、中国福建省から移り住んで来た漢民族でした。秋潔さんは、逸早く日本語を学び、日本の統治下で生きて行く決意をします。

柯徳三さん:「金のない貧乏の農民として終わったって人、私の祖先達はですね。渡って来たその祖先達はね。その、この土地で経営して、田畑を植えて、生活しているのに、今更大陸へ戻ったら、何も出来ない。びた一文ない。だから、結局帰れない」

地区の纏め役だった秋潔さんは、住民を監視し、総督府に報告する役割を担わされました。後藤は、秋潔さんの様な人物を、組織化して行きました。

柯徳三さん:「あの~、住んでる住民達をね、1人でも漏らさない様にコントロール出来る訳だ」

NHK:「周りの人達から、どう思われてたんですかね?」

柯徳三さん:「周りの人達は恐らく、僕らが少年の時は、ああいう事は分かりません。大人になってから後で考えたらね、恐らく、あんたは日本人の走狗だって。日本人の人に使われとった奴隷だと。そういう考え方、やっとったかも知れませんね」

後藤は、日本人児童が通う小学校とは別に、台湾人が通う公学校を開設。統治に必要な日本語の初等教育を始めます。

柯秋潔さんは、公学校の日本語教師も努めます。日本の統治に協力して来た秋潔さんは、息子の文徳さんを、日本人が通う小学校に入学させます。それまでの功績から、通学が認められると考えたのです。しかし、この事が総督府で大問題となります。

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台湾総督所文書に、小学校校長の報告書が残されていました。

「台湾人指定在籍の事件。柯文徳という台湾人が、学校内にいる事を発見しました。真に恐縮な事でありまして、直ちに退学を命じました」

後藤は、すべての学校に通達を出します。

「台湾人の児童と日本人の児童は、教育の目的が異なる。こうした規則が徹底されなければ、統治の目的は、永久に達せられない」

退学させられた柯文徳さんは、徳三さんの父親です。

柯徳三さん:「もし、これを許せば、総督はこれを許せば、小学校にどんどん台湾人が入るかもしらんと恐れたんでしょ。つまりあの、加害の民である台湾人を、日本語を教育する為に公学校っていうのをこしらえたんだから・・・。おまえらは、喋る事に事欠かず、私仏の生活に事欠かない程度の日本語を覚えれば、それでいいんだと。そいうつもりなんでしょ」

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後藤は、統治の基礎を固めながら、台湾の宝である樟脳産業の建て直しに着手します。生産現場を管理し、労働者への指導を徹底します。

「1カ所で楠を切り終わったら、直ぐ別の場所で働けと命じられました」

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樟脳貿易の拠点となった港、キールン(基隆)。後藤は、自ら陣頭指揮を執り、小さな入り江だったキールンを、大型船が入れる港へと造り変えました。更に、南北400キロを結ぶ縦貫鉄道を建設。樟脳の輸送ルートを確保しました。総督府は、樟脳の販売を独占します。後藤が赴任した2年後には、樟脳の事業は赤字を解消。現在の価値で、年間およそ100億円の収入を上げる様になります。

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台湾10年間の進歩。後藤の時代に総督府が出版した欧米向けのパンフレットです。そこでは、台湾が金の成る島になった事をアピールしています。台湾を急速に発展させた日本には、一等国の資格がある事を強調したのです。

イギリスの商社にとって、台湾の樟脳は、重要な貿易商品でした。後藤の改革により、樟脳が安定的に供給される様になった事を、イギリスは歓迎します。

「日本の政策によって、我が国にも、多大な利益が齎される事になる。今後、半世紀に亘り、台湾の樟脳は、世界中に供給されるであろう」

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台湾領有の15年後の1910年、日本は、統治の成果を世界に示す絶好の機会を得ます。ロンドンで開かれた、日英博覧会。日本とイギリスの友好関係を祝う催しでした。

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近代国家として、坂を駆け上って来たJAPAN。会場では、日本の産業や文化が、幅広く紹介されました。訪れた観客は、およそ800万人。特に人気を集めたコーナーがありました。

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台湾の先住民族、パイワン族。日本は、会場内に台湾の人々の家を造り、その暮らしぶりを見せ物としたのです。

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日英博覧会のガイドブックです。そこには、台湾の人々が、客の前で戦いの踊りをし、戦闘の真似事をすると、記されています。

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当事、イギリスやフランスは、博覧会などで植民地の人々を盛んに見せ物にしていました。人を展示する、「人間動物園」と呼ばれました。日本は、それを真似たのです。

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「当事、西洋列強には、文明化の使命という考え方がありました。植民地の人間は、野蛮な劣った人間であり、ヨーロッパの人々は、『彼らを、文明化させる良い事をしている』と信じていました。それを宣伝する場が、『人間動物園だった』という訳です。この時代、日本もまた、『世界には民族の違いに基づいて、階層がある』と考える様になりました。そして、『自分達は、階層の頂点にあり、その下に、アジアの他民族がいる』 そうした世界観が、ハッキリと根付いて行ったのです」

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台湾南部、高士村。台湾族が暮らす村です。およそ100年前、日英博覧に連れて行かれたのは、この村の出身者達でした。

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博覧会の会場で売られていた、台湾の人々の写真です。裏には、「高士村から来た」と、記されていました。

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展示された青年の息子、許進貴さん。

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「悲しい。ふふふふふ・・・・・」 そして、娘の高許月さんです。

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父親の名は、チャバイバイ・プリャルヤン。チャバイバイさんは、生前、博覧会について、子供達に語る事はありませんでした。

高許月さん:「悲しいね。この出来事の重さは、語りきれない」

通訳?:「話しきれないそうだ。悲しいね、この話の重さね、話しきれないそうだ」

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ヒラメの目をタイの目に変える事は出来ない。後藤新平は、独自の法律で抵抗運動を抑え、樟脳産業を立て直しました。日本は、台湾統治の成功を誇示し、世界に一等国入りをアピールしました。

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その後の台湾統治を象徴する1枚の写真。台北第一中学校の生徒達。この写真には、台湾人に日本の文化を叩き込み、民族性まで奪って行った歴史が秘められています。
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